札幌高等裁判所 昭和28年(う)684号 判決 1954年4月17日
控訴人 原審検察官 高木一
被告人 北海道教職員組合 外四名
弁護人 海老名利一 外一名
検察官 金沢清
主文
原判決中被告人星野健三に関する部分の控訴を棄却し、その他の各被告人に関する部分の原判決を破棄する。
被告人北海道教職員組合、同北海道教職員組合小樽支部は無罪。
被告人森川政雄を罰金壱万円に、被告人大野直司を罰金五万円に処する。
右罰金を完納しないときは金五百円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置する。
訴訟費用中原審において証人井口ゑみ同本間喜代人同大原登志男に支給したものは被告人森川政雄同大野直司の負担とする。
理由
第一被告人北海道教職員組合及び同北海道教職員組合小樽支部関係
職権を以つて、公訴事実中の政治資金規正法(法と略記する)違反団体としての北海道教職員組合(旧北教組と略記する)及び旧北教組小樽支部と、本件で被告人とされている北海道教職員組合(新北教組と略記する)及び新北教組小樽支部とが同一かどうかについて判断する。
(一)新旧両北教組の改変経過について。
原審第十回公判調書中の証人小林武、同白石信義、被告人星野健三の各供述記載、記録編綴の「北教組第十一回中央委員会決定事項竝議事録」と題する書面(第四二六丁乃至第四二八丁)、旧北教組登記簿謄本(第四四二丁乃至第四四四丁)登録通知関係書類(第五七八丁乃至第五九二丁)を綜合すると、旧北教組は北海道内の公立学校の教職員を主体とし、これに官私立の教職員の或る者を加えて構成し、執行機関、議決機関を有し、組合員の「経済的、社会的、政治的地位の向上を図ると共に教育の民主的革新を期すること」を目的とする労働組合法(労組法と略記する)上の労働組合であつて昭和二十二年十一月二十一日登記をなして法人格を取得し、存続して来たものがあるが、昭和二十五年十二月十三日地方公務員法(地公法と略記する)が公布され、その内の一部規定を除く規定が昭和二十六年二月十三日から施行され、同日以後は同法第五十八条第一項により同法にいわゆる職員たる地方公務員については労組法は適用されないことになつたので同年三月二十八日の中央委員会の決議に基き従来の北教組を解散し、官私立学校の教職員を除外して、同年四月十一日に新北教組という地公法上の職員団体としての登録を申請し、同年五月十二日北海道知事から登録をした旨の通知があつたので、職員団体として法人格を取得するにいたつたことが認められる。
それ故公訴事実中の本法違反行為主体の団体としての旧北教組は労組法上の労働組合であり、昭和二十六年五月十二日北海道知事から登録通知を受けて以来(それまでは、地公法附則第十四条によりなお従前の例によるとされている)現在に至る新北教組は地方公務員の組織する職員団体であるといわねばならない。
(二)労働組合としての旧北教組と職員団体としての新北教組の実質的差異について。
新北教組が前叙のように労働組合法の下における労働組合であつたとは謂え同組合の主たる構成員である公立学校教職員については、すでに昭和二十三年政令第二百一号が適用されていたのであるから右職員に関する限り旧北教組は臨時的ではあつたが争議権を伝家の宝刀とする「拘束的性質を帯びたいわゆる団体交渉権」は否認され、又争議行為ないし「怠業的行為」は刑罰権を以て禁止されていたのである。従つてこれを地公法適用下の新北教組の職員に比較すると労働基本権の制限については地公法が適用されるようになつたからと謂つて特に著るしい変動が行われたとすることはできない。しかしながら、職員の政治的活動について検討すると両者の間には著るしい差異を生じたことを見逃すことはできない。すなわち、地公法第三十六条によれば職員は、政党その他の政治的団体の結成に関与したりこれら団体の役員にもなれず又他人に対しこれらの団体の構成員となるように、若しくはならないように勧誘運動をしてはならない(第一項)。とされる外、同条第二項乃至第五項において広く詳細な、政治的行為の制限を規定して所謂「職員の政治的中立性」を強く要求しているのである。
この地公法による職員の政治的中立性の堅持の要求は国民の政治活動の自由に対して大きな制限を加えるものであり、かかる制限の妥当性が認められる唯一の根拠は、職員は全体の奉仕者として公共の利益のために勤務すべき職責を担いそれ故に地方公共団体の行政の公正な運営を確保する義務があるとされる一方、政治的中立性の確保によつて職員自身の利益が保護されるという点に見出されるのである。
このような地方公務員の地位は、地公法適用前の旧北教組組合員たる公立学校の教職員に比して法律上は勿論、政治、経済、社会上も全く異つた取扱待遇がなされることとなつたのであつて新旧北教組の構成員は単に官私立教職員を除外したという点の外その性格において重大な変更を生ずることとなつたのである。
而して右構成員の変動は、地公法の適用によつて現実に旧北教組が新北教組となつた時において実質的に生じたこととなるので次に新旧両団体の改変についての地公法の経過規定を検討する。
(三)新旧両団体の改変に関する地公法の経過規定について。
地公法附則第十五項は「第五十八条第一項の規定施行の際現に存する法人である労働組合でその主たる構成員が職員であるものが第五十三条第一項の規定により登録されたときは第五十四条第一項の法人である職員団体として設立されたものとみなす」と規定し、第十六項で「第五十八条第一項の規定施行の際現に存する労働組合で、附則第十三項の規定による登録の申請をしないものは、この法律公布の日から起算して四月を経過した日において、同項の規定による登録の申請をしたもののうち登録をしない旨の通知を受けたものは、この法律公布の日から起算して五月を経過した日において、それぞれ解散するものとする。」と定めているのである。
すなわち第十五項は「職員団体として設立されたものとみなす」と規定しているのであるから、旧組合がそのまま職員団体とみなされるものでないことは一点疑を存しない。而して第十六項では職員団体としての登録不申請のもの、又は不登録のものについては一定の期間の経過と共に当然解散されるものとしている点を考慮に容れると、第十五項の解釈としては労働組合がそのまま職員組合になるのではなくて本来労働組合としては解散手続を採つてこれを消滅せしめ新しく職員団体の設立手続を採らしむべきものであるのを特に手続の簡易化を期する意味でこれを省略することを得せしめるために同項のような規定が設けられたとするのが適当である。
右の次第であるから両団体の間には、その綱領、規約等による組合の目的、組織等についての考察をするまでもなく団体としての実質に重大な変動を生じ、旧北教組は、地公法の下で新北教組として登録されその旨の通知を受けた昭和二十六年五月十二日において名実共に消滅したものであるし、新北教組小樽支部も右同様の理由の外旧北教組の消滅という理由とによつて旧北教組の一支部としては(法第十八条による団体としても)右日時において存立を失つたものとしなければならない。
従つて、本件公訴を提起された被告人たる新北教組及び新北教組小樽支部と公訴事実中において本法違反主体であるとされている旧北教組及び旧北教組小樽支部とは全く別個の団体であることが明瞭である。しかるに、原判決はこの点についての判断を誤り新旧両団体間にそれぞれ同一性を認めたのは事実の誤認があり、その誤が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決中被告人北海道教職員組合及び同北海道教職員組合小樽支部に関する部分は他の控訴趣意についての判断をなすまでもなく、刑事訴訟法第三百九十七条、第三百八十二条により破棄を免れない。而して右は当審において直ちに判決をすることができるので同法第四百条但し書に従つて判決をすることとする。
被告人北海道教職員組合に対する本件公訴事実は
「被告北海道教職員組合は昭和二十六年二月三日頃同組合臨時大会において、同年四月施行せらるべき北海道知事選挙に候補者として田中敏文を推薦することを決議し、右目的を達成する一手段としてその選挙運動等の政治活動を行うため政治団体を結成することを定め、右選挙運動等の政治活動資金に充てるため臨時斗争資金名下に同組合員一人につき百円宛を徴収することを決定して、その頃から逐次右資金を徴収すると共に同年二月十二日前記の政治団体として実質的には同組合員を以て主体とする北海道政治研究会なる政治団体の結成を遂げ、政治資金規正法第六条に基くその届出をなし、その後同年四月三日北海道教職員組合としても亦北海道選挙管理委員会に対して政治資金規正法第六条の規定による届出をなしたものであるところ、被告北海道教職員組合は政治資金規正法第六条又は第七条による届出がなされた後でなければ政治活動のために如何なる名義を以てするを問はず支出することができないのに拘らず、その届出前である同年三月十五日頃から同年四月二日頃迄の間に別表(一)記載の通り五回にわたりいづれも札幌市大通西二丁目北海道教職員組合本部において、右北海道政治研究会に対し、政治活動のため合計百万円を寄附してこれを支出したものである。」
というのであり、被告人北海道教職員組合小樽支部に対する本件公訴事実は、
「被告北海道教職員組合小樽支部は昭和二十六年二月二十四日同支部年次大会において、同年四月に施行せらるべき地方公共団体の議会の議員及び長の選挙に際し、北海道知事選挙の候補者として同年二月三日の北海道教職員組合臨時大会において推薦を決定した田中敏文を、北海道議会議員選挙の候補者として同年一月二十九日の前記小樽支部臨時支部委員会において推薦を決定した井口ゑみを、小樽市議会議員選挙の候補者として同年二月十日の前記小樽支部臨時支部委員会において推薦を決定した大原登志男及び本間喜代人をそれぞれ推薦支持することを確認し、右大原登志男及び本間喜代人に対しその選挙のための経済的援助をなすことを決議したものであるところ、被告北海道教職員組合小樽支部は政治資金規正法第六条又は第七条の規定による届出がなされた後でなければ政治活動のためにいかなる名義を以てするを問わず支出することができないのに拘らず、前記届出をなさないで同年同月十日頃から同月二十六日頃迄の間に別表(二)記載の通り三回に亘りいづれも小樽市富岡町一丁目一番地前記小樽支部事務所において、北海道教職員組合が前記田中敏文をはじめ同組合が推薦を決定した各候補者のための選挙運動等の政治活動を行うために結成した政治団体である北海道政治研究会に対し政治活動のため合計金十九万六千八百円を寄附してこれを支出したものである。」
というにあるが、前記被告人北海道教職員組合及び同北海道教職員組合小樽支部に対する被告事件についてはいづれも犯罪の証明がないのであるから刑事訴訟法第三百三十六条に則りそれぞれ無罪の言渡をすることとする。
第二被告人星野健三、同森川政雄、同大野直司関係。
被告人星野健三は旧北教組の責任者として、被告人森川政雄は旧北教組小樽支部の代表者、同大野直司は同支部の責任者としてそれぞれ記載されていることは本件公訴事実によつて明かであるから、被告人北教組(すなわち新北教組)及同北教組小樽支部(すなわち新北教組小樽支部)が前記第一記載のとおり無罪であることとは関係なく、別にそれぞれの控訴趣意について判断しなければならない。法第二十三条第二項の罰則は、前項の場合には、併せてその団体又はその支部の代表者若しくは主幹者その他の責任者を処罰することができる旨を定めているが、右規定の趣意は代表者等を処罰するには必ずその前提要件として団体等が現実に処罰されることを要するという意味ではなく、団体等に違反があつた場合にはその代表者等の責任者をも罰することができるものとしてこれ等のものの特段の注意を期待し本法の取締目的に万全を期したものと解するのを相当とする。このことは、本法の規正対象となる団体等には、特定選挙に際し全く一時的に結成される場合が多いことが法第三条の規定に徴しても明であるが、斯かる団体に本法違反行為があつた場合、当該団体が解散等の理由で消滅してもその当時の代表者等に対し団体の違反行為の故にその責任を追求し得るとするのでなければ本法の規正は殆んど下可能に近いことから考えても容易に肯かれるのである。
検察官高木一の控訴趣意は同人提出の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用し、以下これについて判断する。
(甲) 被告人星野健三に対する分。
控訴趣意第一点(法令適用の誤)について。
政治資金規正法第四条は「この法律において公職の候補者とは、第二条の規定による選挙において、公職選挙法の定めるところにより、候補者としての届出をし、又は推薦届出をされた者をいう」。と規定しているのであるから、法第三条、第八条等に所謂「候補者」とはすべて届出後の候補者を指称するものであつて、未だ立候補の届出を完了していない者すなわち「候補者たらんとする者」は右の候補者の中には含まれないことは明である。
所論中、「候補者」を届出完了者に限ると立候補届出前の候補者を中心とする悪質な脱法行為を取締ることが不可能となり、同法が第八条を設けた効果は失われ、法第一条の立法精神が没却されるという論旨は、取締目的の点を殊更に重要視して候補者の概念を定義規定の明文を超えて解釈するものであつて、反つて法の立法趣旨に合致しないといわねばならぬ。けだし、本法は候補者を中心とする団体等の諸政治活動についてはその候補者は届出完了の者に限つて資金上の規正を行う程度で政治活動の公明、選挙の公正は十分期し得られるものとする一方、候補者の概念を明確にし候補者たらんとする者をも含むと解釈する余地を一掃することによつて法運用上不当に政治活動の抑制が行われない為、特に法第四条の規定を設けたものであると解するのを正当とするからである。
斯く解することによつて、初めて政党その他の団体等の政治活動の範囲が明確となり、これに参劃する者の明朗な活動が期待され、延いて民主政治の健全な発達に寄与するという本法の立法目的が達成されることになるのである。
又所論中、法第四条の規定が「届出」を云々しているのは、候補者たらんとした者の中、その後遂に当該選挙に立候補することを断念し結局立候補届出をしなかつた者は公職の候補者の概念から除外する趣旨を明かにしたに過ぎないもので、候補者たるの地位が立候補届出を論理的前提とすることに言及しただけであるとの点は、若しかかる見解に立てば届出未了の候補者を中心とする団体の規正は立候補届出という偶然的事実(届出という行為は一見、時日の経過と共に当然実現すべきもののように考えられるが、現実には必ずしもそうでなく、これをめぐる政治的事情又は候補者たらんとする者の一身的事情等によつてしかく既定の事実ではなく寧ろ偶発的事情に因つて多分に影響を受ける行為である)の成否に繋ることとなつて規正自体甚だ不安定たることを免れないし、又これを法第八条の場合に当て篏めてその違反罪の成立乃至処罰と関連させて考えて見ると、候補者たらんとした者を推薦するため寄附を受け、又は支出をした場合にはその時において違反罪としては完成するわけであるが、処罰をするにはその候補者が現実に届出をするのを俟たなければならないこととなるのであろう。従つて届出完了という事実が本罪の処罰条件となると解する外はないのであるが処罰条件を規定した他の法規の規定例えば破産法中の諸規定又び刑法第百九十七条第二項の涜職の罪の規定と対比し本法第四条の規定がかかる場合の為の規定であるとすることは到底不可能である。
更に「推薦」なる用語が、所論のように一般には立候補届出前の候補予定者についての推薦活動(推薦届出を中心とする)をも含むものであることはそのとおりであるが、その届出以後のみの推薦活動と雖も重要な政治活動であることは、その行為の性質上明かであるのみならず、例えば公職選挙法第百四十六条が選挙運動期間中のみの推薦活動についての脱法行為を禁止する規定を設けている点等からも疑ないところである。このように、推薦という政治活動は本来、推薦される候補者の立候補届出の有無ということとは直接関連のないものである。従つて「推薦」という活動の面から「候補者」の定義を引出そうとすることは寧ろ逆であつて、「候補者」の意義を定めた後において初めてこれを中心とする「推薦」活動が如何なる範囲となるべきかを定めなければならない筋合である。所論は、「推薦」には立候補届出前における行為が含まれねばならないという見解を前提として、これに基いて第四条に所謂「候補者」の意義を定めようとするもので所論には賛同できない。
又所論の、第四条の立法目的は「公選による公職」の範囲を明文を以て規定するにあるもので同条は、「届出を……した」という過去時称的の立言の仕方に重点を置いたものではないとの点についてであるが本法は第二条において「この法律において選挙とは、公職選挙法(昭和二十五年法律第百号)の規定を適用する公職の選挙をいう。」と規定して本法に所謂「選挙」の定義を明かにしており、而して公職選挙法では第二条で同法の適用範囲を明文を以て「この法律は、衆議院議員、参議院議員、地方公共団体の議会の議員及び長竝びに教育委員会の委員(地方公共団体の議会において選挙する委員を除く。以下同じ。)の選挙について、適用する。」と定め、更に公職の定義についての第三条で「この法律において「公職」とは、衆議院議員、参議院議員、地方公共団体の議会の議員及び長竝びに教育委員会の委員の職をいう。」と明規しているのである。従つて仮に本法第四条の規定が存在しないとしても、本法の適用を受ける公職の範囲は、公職選挙法と本法第二条との関連解釈によつて明瞭である。然らば法第四条の重点は、所論の如く公職の範囲を限定するのではなく、候補者の範囲を限定する点に存すると言わねばならない。これを公職選挙法とは無関係の国家公務員法及同法規則における「公選による公職」に関する人事院規則一四-五の規定の場合と同様に論ずることはできない。論旨に引用された札幌高等裁判所判決(昭和二十六年九月二十六日言渡、昭和二十六年(う)第三六五号乃至第三六七号国家公務員法違反被告事件)は人事院規則中の「候補者」に関するものであるから、本件に適切な判例ではない。
これを要するに、原判決が、法第三条、第八条にいう「公職の候補者」とは、第四条との関連解釈上届出を完了した後の候補者のみに限ると解したのは正当であつて、所論のような法令の適用に誤りはないのであるから、論旨は理由がない。
控訴趣意第二点(理由のくいちがい)について
所論の要旨は、被告人星野健三に対する公訴事実は、北海道教職員組合は昭和二十六年二月三日頃に、北海道知事選挙の候補者田中敏文を推薦すること、及び右田中敏文の主唱する政治上の主義及び施策を支持すること、即ち法第三条第二項所定の事項全部を目的とするに至り、よつて同条所定の協会その他の団体となつた、と言う事実を包含しているのであつて、以上の事実は本件の起訴状に訴因を明示して記載されてをるに拘らず、原判決は前記組合が公職の候補者の推薦を目的とする点のみを判断し、政治上の主義若しくは施策の支持を目的とした点を判断していない。この点において原判決は理由のくいちがいがあると言うのである。
しかし法第三条に政治上の主義若しくは施策を支持すると言うのは個々の候補者の政見とは無関係に一定の政治上の主義若しくは施策を支持することを言うものと解されるから、これに該当する事実を訴因とするのであれば、起訴状に、当該団体がその支持を目的とする政治上の主義若しくは施策の内容を具体的に記載しなければならない。然るに被告人に対する起訴状にはかかる記載がないのみならず、田中敏文の主唱する主義施策を支持する旨の記載すらなく、単に北海道知事選挙に候補者として田中敏文を推薦することを決議し、右目的を達成する一手段として云々」と記載されているのであるから、右組合は候補者田中敏文の推薦を目的とすると言うのが訴因であつて、主義施策の支持を目的とすることは訴因になつていないものとするの外はない。然らば原判決がこの点を判断しなかつたのは当然であつて、原判決には理由のくいちがいはない。
以上の次第であるから、被告人星野健三関係についての論旨はいずれも理由がないといわなければならない。
よつて刑事訴訟法第三百九十六条に従い被告人星野健三に対する本件控訴は棄却することとする。
(乙) 被告人森川政雄、同大野直司に対する分。
控訴趣意第三点(法令適用の誤)について。
原判決は北教組は元来単一組合で同組合小樽支部は全て同組合の決定指示に基き、同組合関係の事務を処理する関係にあるに過ぎないので、たとえ公訴事実中に記載されているような確認ないし決議がなされたとしても、政治資金も規正法の適用をうける政治団体となつた北教組に対する同法上の支部として、自らも一個の政治団体たるの資格を有するに至つたものとは認めることができない。として右小樽支部が本法第十八条の支部であるとする公訴事実を否定しているのである。
しかしながら、単一組合の一支部であるという一事を以てして直ちに法第十八条の適用を除外することは誤であつて、結局単一組合の支部が具体的に如何なる社団的組織体をなし如何なる範囲の活動能力を有しているかという点を明瞭にして、これを決定する外はないのである。法第十八条は、政党その他の団体の支部と雖もその本部に対して或る程度独立した社団性を有するものについては、これを同法の政党その他の団体に準じて資金に関する政治活動規正の対象とすべきことを規定したと解すべきである。すなわち、同法は団体の組織として支部独自の代表者又は主幹者及び会計責任者の定めがあり現実に或る程度本部とは別に独自の意思決定に基いて政治活動をなす能力を有するものは、その団体としての実体に着目して本法の取締をなすべきものとしたのである。しかして、本件旧北教組小樽支部が同支部独自の代表者又は主幹者及び会計責任者を置き或る程度本部に対して独立した活動能力を有していたことは、原審の適法に取調べた検察察作成の被告人森川政雄の第一、二回供述調書の各記載によつて認められるので、同支部は正に法第十八条に所謂支部に該当するものといわなければならない。然るに原判決は前記のとおり、これを消極に解し因つて被告人森川政雄及び同大野直司に対する公訴事実について無罪の言渡をなしたのは法律の適用に誤があつて、その誤が判決に影響を及ぼすことが明らかであり論旨は理由がある。よつて刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十条により原判決中被告人森川政雄、及び同大野直司に関する部分を破棄し、尚本件訴訟記録竝びに原裁判所で取調べた証拠によつて直ちに判決することができるものと認めるので、同法第四百条但し書に従つて更に判決することとする。
(罪となるべき事実)
北海道教職員組合小樽支部は北教組の一支部として支部独自の規約を有し、右規約の定めるところに基いて、決議機関として支部年次大会を設け支部長、副支部長、書記長及び会計責任者等の執行機関を置き支部のみに関する組合業務は或程度本部から独立して独自の組合活動をなしていたものであるが、昭和二十六年二月二十四日小樽市稲穂小学校における小樽支部年次大会で、同年四月行われる地方選挙には知事候補田中敏文、道議会議員候補井口ゑみ、小樽市議会議員候補大原登志男、同本間喜代人をそれぞれ正式に推薦することを決議して、北教組支部とは別個の政治活動をなすに至つたところ、同年四月三日に前記田中敏文外三名はそれぞれ立候補の届出をなしたので、小樽支部としても右四名を推薦する目的を有する政治団体となつた。
従つて、同支部として政治資金規正法第六条による届出がなされた後でなければ右候補者の推薦等の政治活動のために何等の支出をすることができないに拘らず、右届出をなさないで同年四月十日から同月二十六日迄の間に別表(三)のとおり三回に亘りいづれも小樽市富岡町一丁目一番地小樽支部事務所において前記候補者を推薦しこれに対し経済的援助をなしていた北海道政治研究会に対し合計金十九万六千八百円を寄附して支出したものである。
而して被告人森川政雄は小樽支部の支部長として同支部を代表し支部の業務全般を統括する者、被告人大野直司は同支部書記長として業務全般を処理し実質的な責任者であつたものである。
(証拠)
一、被告人森川政雄の検察官に対する第一、二回供述調書
一、被告人大野直司の検察官に対する第一、二、五回供述調書
一、横野文夫の検察官に対する第二、三回供述調書
一、大原登志男の検察官に対する第一、二回供述調書
一、本間喜代人の検察官に対する第一回供述調書
一、井口ゑみの検察官に対する第一回供述調書
(法令の適用)
法律によれば、被告人両名の各所為は政治資金規正法第八条第二十三条第二項、第十八条に該当するから、所定刑中罰金刑を選択し、その範囲内で被告人森川政雄を罰金一万円に、被告人大野直司を罰金五万円に処すべく、右罰金を完納しない場合には金五百円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用の負担につき刑事訴訟法第百八十一条を適用し、よつて主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 熊谷直之助 裁判官 成智寿朗 裁判官 宇野茂夫)
別表<省略>
検察官高木一の控訴趣意
札幌地方裁判所は、本件公訴事実中(一)被告人北海道教職員組合及び被告人星野健三に対する部分については、右組合が当該支出行為の当時、政治資金規正法にいう政治団体の資格を未だ取得していなかつたこと、(二)被告人北海道教職員組合小樽支部、被告人森川政雄及び同大野直司に対する部分については、同支部が当該支出行為の当時同法にいう政治団体の資格を独立には取得していなかつたこと、を夫々理由とし、本件公訴事実は何れも同法第八条違反を構成する主観的要件を欠くものとして、無罪の言渡をなしたが、右判決は法令の適用に誤があつて、その誤が判決に影響を及ぼすことが明かであり、且つ判決の理由にくいちがいがあるから到底破棄を免れない。即ち、
第一点被告人北海道教職員組合が当該支出行為時に政治団体としての資格を有していたか否かについて、原審裁判所が判決理由中に説くところを要約すれば、
(一)被告人北海道教職員組合は、昭和二十六年二月三日頃同組合臨時大会において、来るべき北海道知事選挙の候補者として田中敏文を推薦することを決議したが、このことにより同組合は一見政治資金規正法第三条第二項後段にいわゆる「公職の候補者を推薦……する目的」を有するに至り、従つて爾後同項にいわゆる「……その他の団体」(政治団体)としての資格を取得するに至つたかの如くに見える。(二)しかし同法第四条の規定によれば同法において「公職の候補者とは……公職選挙法の定めるところにより、候補者として届出をし……た者をいう」のであつて、この規定を厳格に解するときは、同法において公職の候補者とは届出を完了した後の候補者のみに限定される。(三)しかるに、田中敏文が知事選挙の候補者として届出をしたのは同年四月三日である。(四)従つて同組合が同年二月三日頃田中敏文の推薦決議をした行為は、厳密には、同法第三条第二項後段にいう公職の候補者の推薦を目的とする行為とはならず、同組合はこれによつて同項にいう「その他の団体」(政治団体)の資格を取得したとは言えない。(五)故に同組合の本件支出行為は非政治団体の支出行為として、同法第八条の違反を構成しない。というにある。しかし右判決が同法第三条、第八条にいう「公職の候補者」及び「その他の団体」の意味を第四条との関連において、このように限定的に解し、同組合が本件支出行為時において政治団体たるの資格を有しなかつたとなしたことは、明かに文理の末節に拘泥して同法の立法趣旨を無視した謬見といわねばならない。以下理由を列挙して右判決の誤謬を指摘する。
(一)同法の立法目的はその第一条に明記されているように「政党、協会その他の団体の政治活動の公明を図り、選挙の公正を確保し、以て民主政治の健全な発達に寄与すること」にあり、その手段として同法は政治資金の流通を把握規正するための詳細な規定を設けた。いわば、闇から闇へ流れがちな政治資金の動きを透明なガラス箱の中に収めて、之を国民の監視下に置き、これによつて政治の腐敗と金権化を抜本塞源的に防止し、もつて明朗な民主政治を樹立しようとするのが同法の狙いである。この立法精神から見るときは、いやしくも特定候補者の選挙運動を目的として支出された資金は、当該候補者が当時立候補の届出を完了していたと否とにかかわらず、之を規正の対象となすべきである。否、選挙資金の支出乃至授受が概ね立候補届出前に行われる政界の実情に照し、立候補届出前の資金規正こそ一層重要であるといわねばならない。従つて同法第三条、第八条にいう「公職の候補者」とは已に届出を完了した候補者の外、当時公職の候補者たらんとし(その後現実に届出をなし)た者をも含む趣旨に解すべきである。かく解するときは、公職の候補者たらんとする田中敏文を推薦した同組合はその時より政治団体たるの資格を取得し、従つて本件支出行為は政治団体の支出行為として同法第八条の規正を受けるに至るのである。もしこのような見解を否定し、あくまでも右判決の如き立場を固執するならば、立候補届出の寸前に悠々巨額の政治資金を授受して同法第八条の規定を潜脱する悪質の脱法行為も容易となり、同法が第八条を設けた効果は全く画餅に帰するのであろう。
(二)御庁は先に、昭和二十六年九月二十六日判決(昭和二十六年(う)第三六五乃至三六七号札幌高等裁判所第三部)において、国家公務員法第百二条に基く人事院規則十四-七、第五項第一号の解釈に関し、
「国家公務員法第百二条により国家公務員の政治的行為を禁止又は制限した所以のものは国家公務員は全体の奉仕者であつて一部の奉仕者ではないという公務員の本質上の中立性を維持せんとするにあるのであるから、同条による人事院規則一四-七第五項第一号の「特定の候補者」とは立候補の届出をした候補者のみならず、まだ立候補の届出はしないが立候補しようとする特定人をも包含する趣旨であると解するのが相当である。蓋し公務員が公選の選挙において特定人を候補者として支持してその者の為政治行為をなすことはその特定人が立候補の届出をしたと否とに拘らず常に公務員の本質に反しその中立性を維持せんとする同条の精神に反するもので此の種の行為は立候補者届出後のもののみを制限すべきであるという特別の事由はないからである。」と判示されているが、この優れた判例理論を貫くときは政治資金規正法第三条、第八条にいう公職の候補者とは立候補の届出をした候補者のみならず、まだ立候補の届出をしないが立候補しようとし(その後現実に立候補し)た特定人をも包含する趣旨であると解するの外はない。蓋し、同法の立法趣旨に照し特定人を候補者として推薦支持する行為はその者の立候補の届出の前後に拘らず之を政治活動と解し、かかる政治活動をなす団体を対象として政治資金の規正を行う必要があるからである。
(三)同法第四条の「届出をし……た」という規定の仕方は同法第三条、第八条に定める政治団体たるの資格との関連において、時間的前後を規定したものと解すべきではなく、寧ろ論理的前後を規定したものと解すべきである。即ち同条が「届出」を云々しているのは、たとえ一たび立候補者たらんとした者であつてもその後遂に当該選挙に立候補することを断念し結局届出をしなかつた場合には之を同法にいう公職の候補者の観念から除外する趣旨を明かにしたにすぎない。
又候補者が推薦届出をされる場合、通常届出前に一定の推薦団体が結成され、一定の推薦準備活動の結果推薦届出の運びとなるのが例である。即ちこの場合推薦活動は必然的に推薦届出行為に先行し届出前の候補者を目標とすることとなるのである。従つて同法第三条にいう「推薦」とは同法第四条の「推薦届出」という文字と関連せしめて考えると、文理上、立候補届出前の候補予定者に対する推薦活動をも含むと解さざるを得ない。かく解するとき、同法にいう公職の候補者は届出前の候補者を含まないとする原審判決の説は、同法の綜合的解釈の上でも矛盾を露呈する結果となる。従つて同条が規定の用語において「候補者として届出をし……た者云々」と過去時称を用いているからといつて、ただちにその意味を過大評価し、同法第三条、第八条等の解釈上、公職の候補者とは届出完了後の候補者のみを指すと断定した原審判決は、あまりにも条文の文理に拘泥し綜合的論理解釈を無視したものといわねばならない。
しかも更に一歩つき進んで考察して見ると、法が特に第四条を設けて公職の候補者を定義した所以のものは実に候補者概念の外延的限界を明かにしようとしたところにあるのである。即ち単に公職の候補者というも、いかなる公職におけるいかなる範囲の候補者を指すやその限界はしかく分明ではなく、たとえば教育委員、農地委員、海区漁業調整委員、衆議院における両院法規委員会の委員、同じく弾劾裁判所の裁判員、同じく訴追委員会の委員等の各候補者は果して之を含む趣旨なりや否やすら明かでない。よつてあたかも人事院規則一四-五が国家公務員法にいう「公選による公職」の範囲を明文を以て定義したように、本法は特に本条を設けてその範囲を公職選挙法を適用する公職の選挙の候補者に限定し、以て右の疑念を一掃したのである。従つて本条が「届出」云々を規定しているのは、候補者たるの地位が届出を論理的前提とすることに副次的に言及したまでであつて、いわんや「届出をし……た」という過去時称的規定の仕方に重点を置いているのでは決してないのである。
(四)法律上の主体に与えられた資格乃至名称が手続の進展につれて、順次別個の名称をとつて行く場合、立法者は用語の簡略化という立法技術上の要請に応じて、後の手続段階における名称をもつて前段階の名称をも代表させようとすることが往々ある。政治資金規正法第四条の規定が正にそれであるが、他に類例を求めるならば、刑法第一九五条の「刑事被告人」は被疑者を含み同法第一〇四条の「他人の刑事被告事件」は被疑事件を含み、刑事訴訟法第三二二条の「被告人の供述」は被疑者の供述を含むと解する。又公職選挙法第一九七条第一項第一号に「公職の候補者……となつた者」とは文理上明かに公職の候補者となろうとする者をも含んでいる。このように多くの他の規定の用語例から見ても、政治資金規正法第三条並びに第四条にいう公職の候補者とは、第四条の表面的な文理に拘らず、公職の候補者たらんとする者をも含むと解するのが自然である。
以上列挙した理由によつて自ら明かなように、同法第三条、第八条等にいう公職の候補者は、届出を完了した候補者のみならず、届出をしようとし(後に現実に届出をし)た候補者をも含む趣旨であると解するのが正当であるといわねばならない。しかるに原審判決が徒に文理に拘泥して機械的概念操作に流れ、同法の立法精神を没却してその解釈適用を誤つた結果、被告法人に政治団体の資格なしとして無罪の言渡をしたことは、刑事訴訟法第三八〇条にいわゆる法令の適用に誤りがあり、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明かである場合に該当するものといわねばならない。
第二点原審判決は、被告人北海道教職員組合の政治団体法たる資格取得の原因を専ら「公職の候補者を推薦する目的」のみに限定し、之に基いて判断を進めているが、これは検察官の主張を誤解して的はずれの判断を下したものであり、ひつきよう判決の理由にくいちがいがあるものといわねばならない。
原審裁判所はその判決理由中に『北海道教職員組合が同年二月三日頃同組合臨時大会において「同年四月施行せらるべき北海道知事選挙に候補者として田中敏文を推薦すること」を決議したことは、第五回公判調書中証人中村東之雄の供述記載により明かであつて……右の決議によつて新に加えられた目的は……同条(政治資金規正法第三条)第二項後段にいわゆる「公職の候補者を推薦する目的」とあるものに相当し、したがつて、この決議の時において、被告組合が政治団体としての資格を有するにいたつたとも見られないことはないが、云々』と説示しているが、検察官の主張事実はこのような平面的、限定的なものではなく、同組合が同年二月三日頃(イ)田中敏文の推薦を決議し、(ロ)同人の選挙運動等の政治活動資金にあてるため臨時斗争資金を徴収することを決定し、更に(ハ)その頃同人のための選挙運動を目ざして偽装政治団体たる北海道政治研究会の結成を定める等一連の広汎な政治活動を展開するに及んで、同組合は同法第三条列挙の諸目的(即ち政治上の主義若しくは施策の支持、公職の候補者の推薦、支持等の諸目的)を有する政治団体たる資格を取得するに至つた。と主張するのである。即ち同組合が二月三日頃を境として、田中敏文のための選挙運動を中心とする政治的諸活動を目標として新たな態勢をととのえたことは、ひつきよう同組合が(一)田中敏文の主唱する政治上の主義もしくは施策を支持すること。(二)近き将来において田中敏文が公職の候補者となつた場合之を推薦支持するためその準備態勢をととのえること。を新たな目的として掲げるに至つたことを意味するものであつて、かくの如き政治目的を掲げるに至つた同組合は正しく同法第三条にいう「その他の団体」(政治団体)の資格を取得したものに外ならず、かくして同組合の本件支出行為は同法第八条にいう「その他の団体」(政治団体)が政治活動の為になした支出行為として明かに同法第八条に抵触するものと解さなければならない。検察官の主張が斯るものであるという事は起訴状及び検察官の冒頭陳述によつて明瞭であるに拘らず原判決が同組合に新に附加された活動目的を同法第三条第二項後段中の「公職の候補者を推薦する目的」のみに該当するものとして限定的に解した事は、起訴官の主張事実を誤解し、ひいては判決の理由に喰違があるものと云わねばならない。
第三点被告人北海道教職員組合小樽支部が政治資金規正法上独立の政治団体として、被告人適格を有するか否かについて、原審判決は、右小樽支部が被告人北海道教職員組合の組織の一部に過ぎないことを理由として、消極に判断している。しかしこの見解は古い法人観念にとらわれて政治資金規正法の立法趣旨を没却し、ひいてはその明文の規定にも反するものとして排斥されねばならない。
(一)そもそも同法の立法目的は、前述のように、政治資金の流通を現実の姿と場所においてとらえ、之をガラス箱の内に収めて国民の監視と批判にさらそうとしたものであつて、同法は政治資金支出の主体については、それが法人であると否とを問わず、専ら社会的存在としての団体組織そのものに着目すると共に、かりに一団体組織の一部であつてもそれが社会的に或程度独立した行動主体として現実に独自の意思決定に基いて政治資金を支出するにおいては、之を独立の取締対象となすことを、はばからないのである。
けだし然らずんば支部役員が本部役員との意思連絡なしに行う政治資金の支出はことごとく法網をのがれて無数の脱法を許容し、政治資金規正の実効を挙げることは全く不可能と化するからである。いわば、現実の行為者を取締るという新たな法理のもとに、在来の法人格観念を敢然とかなぐりすてたところに同法の真骨頂があるのであつて、その態度は法がしばしば両罰規定を設けて取締の実効を確保しようとする場合と一脈通ずるものがある。
(二)右のような立法趣旨から演繹するとき、団体の支部が独立の規正対象となることは論をまたないが、法はこの当然の事理を一層明確にして疑念を一掃するために、特に同法第十八条の注意規定を設け「本章(第二章)の規定中政党に関するものはその支部に、協会その他の団体に関するものはその支部にこれを準用する」と明定した。
従つて第八条の規定は、同法の明文上からも当然団体の一支部に準用されることになるのである。本件小樽支部の如きは、正に同法第十八条にいう支部の典型的なものであつて、第八条の規正の対象となり得るものである原審判決は同支部は被告北海道教職員組合の決定指示に基き組合関係の事務を処理するが故に、独立の被告人適格なし、と判示しているが、団体の一支部が本部の一般的指示をうけて活動することは支部の支部たる所以として当然の事理に属するから、右判決の見解は全く的外れの循環論と言うの外はない。もし支部が本部の指示を全くはなれて独自の活動をするとすればそれはもはや支部ではなく立派な独立団体となつてしまうから問題自体の前提が失われてしまうのである。むしろ問題の焦点は、同小樽支部が、本件において、独自の意思決定によつて特定候補者の推薦支持を確認し、之に対して本部とは別個の立場から政治資金を支出したという、その具体的行為そのものにむけられなければならない。
(三)さきに福岡高等裁判所が団体等規正令第六条に関してなした判決(昭和二十六年(う)第二八四六号、同年十二月二十五日)は支部の団体性に関する本件の問題についても極めて適切な示唆を与える。
即ち右判決は、日本共産党の一細胞である有家細胞が団体等規正令第六条の政治団体として独立に同条所定の届出義務を有するかの問題について仮に同細胞が上級地区委員会の一構成部分でありその行為は厳に同委員会の指令に服すべきものであつたとしても団体等規正令第六条は同条所定の団体を汎く規正対象としているのであつて、該団体が内部的に他の上級団体の構成分子の関係にあると否とに拘らず又その行動が上級団体の指令に拘束されると否とに拘らない、従つて同細胞が同委員会の構成分子であること、同細胞の行為が同委員会の指令に基くものである一事を以てしては右届出義務を免れるのに由ない旨を判示した。いわゆる中央集権的「鉄の規制」に束縛され意思決定と行動の自由を狭められている共産党の一細胞すら同令の適用上独立の政治団体として扱われるとするならば、本部の一般的指示に服しつつも独自の活動を行う本件支部の如きは、当然に独立の政治団体として政治資金規正法第八条の規正に服さなければならない。
かように本件小樽支部が政治資金規正法上独立の政治団体として同法第八条の規正に服すべきことは明白の理であるにかかわらず原審判決が漫然旧来の法人格論理を固執し、同法第八条、第十八条の解釈適用を誤つた結果、同小樽支部に被告人適格なしと判示したのは、正に法令の適用に誤がありその誤が判決に影響を及ぼすことが明かな場合に該当するものと言わねばならない。
以上三点により原審判決は到底破棄を免れないものと信じ、ここに原判決を破棄して改めて有罪の判決を下されたく、御審の賢明なる御判断を仰ぐ次第である。